
製薬業界の脱炭素経営について調査しました。近年、企業経営に環境配慮の重要性が高まっていますが、製薬業界には、医薬品の安定供給という社会的使命を担うことから“独自の課題と戦略”が存在します。その構造的な課題や各社の動向を解説するとともに、環境課題と社会課題を同時に解決するために行っている私たち自身の取り組みもご紹介します。
製薬企業の社会的使命は医薬品の安定供給!
2020年の政府のカーボンニュートラル宣言(※1)が契機となり、「脱炭素経営」の取り組みが企業へ広がっています。そして、宣言から5年が経過した2025年現在、多くの企業経営では単なる環境保護活動ではなく、将来的な事業の存続に関わるリスク管理、新たな競争優位性を確立する機会の創出も含め、事業の中核要素として位置づけられるものとなりました。
また、製薬業界は業界独自の脱炭素経営に取り組むべき理由があります。それは、製薬業界が人々の健康と命を守る医薬品を安定して供給することが製薬企業の“社会的使命”を持っているためです。ライフラインを支える上で、製品の原材料調達から製造、流通、販売を経て最終的に消費者の手元に届くまでの一連の流れである、サプライチェーンの安定性や製品の信頼性が極めて重要という業界特有の性質があります。
医薬品は人命に関わるライフラインであり、気候変動による物流リスクに備えることや安定した製造環境の確保が不可欠という社会的使命においても、製薬業界は脱炭素経営との関係が深いといえます。
本記事では、いま、脱炭素経営が製薬企業にとってどのような役割を持つものになっているのか、業界ならではの構造的な課題、脱炭素化に向けた具体的な戦略も深堀りしていきます。
そして、脱炭素経営を含む広い社会課題を“ビジネスの力で解決”することを目指す、私たちメンバーズメディカルマーケティングカンパニー(以下、MM)のCSV(※2)事例創出を目指す取り組みについても紹介していきます。
(※1)参考:内閣府「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
(※2)CSV:共有価値の創造(Creating Shared Valueの略称)。社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、かつ経済的価値も創造されるというアプローチ。
製薬業界ならではの隠れた構造的な課題とは?

改めて、脱炭素経営が日本に導入された背景を振り返ると、2015年の「パリ協定」の採択から世界的に広まり、2020年以降、本格的に拡大しています。政府が「2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする」と宣言(※)したことによって、企業が脱炭素経営を導入する動きが本格化しました。
製薬業界においても、再生可能エネルギーの導入や製造工程の最適化、サプライチェーン全体でのCO2削減努力などが進められています。しかし、その一方で業界固有の隠れていた構造的な課題が顕在化しています。
(※)参考:環境省 脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」
【温室効果ガス排出の課題】
製薬業界の事業そのものが、多くのCO2を出す構造となっています。
薬の製造には、最終的に病院や薬局へ届けるまでに多くの工程があります。研究開発、原料の仕入れ、製造、包装、医療機関への輸送……、これら一つひとつの工程で電気やガスなどのエネルギーが大量に使われています。特に、医薬品は高い品質が求められるため、研究施設や製造工程での温度・湿度管理といった環境の維持に多くの電力を使っています。
また、日本製薬団体連合会が発表した「製薬業界の地球温暖化対策 2021年度実績およびカーボンニュートラル行動計画の取り組み」の今後の課題には、医薬品の販路が日本国内から海外へと拡大しつつあり、国内の生産活動は今後も伸びが見込まれ、それに伴いエネルギー使用量も増加することが記載されていました(※)。
このような業界の動向や構造からも、製薬業界は自社だけでなく、原料を製造する企業、輸送する企業も含め、サプライチェーン全体でCO2を減らす努力が求められています。
(※)参考:日本製薬団体連合会「製薬業界の地球温暖化対策 2021年度実績およびカーボンニュートラル行動計画の取り組み」
【Scope1、2、3の排出量の不均衡】
企業が排出する温室効果ガス(CO2など)が、どこから出ているかを区分けする国際的な基準は、Scope1~3に分類されています。Scope1は、「自社が直接出す排出」。Scope2は、「自社が使う電力などによる間接排出」。Scope3は、「自社以外の関連活動による排出」です。
日本製薬工業協会の調査にて、製薬企業の温室効果ガス排出量の割合の約90%は、企業が直接コントロールできないScope 3(自社以外の関連活動による排出)に由来するものということが判明しています(※1)。一方、Scope1、2の温室効果ガス排出量は10%程度なので、自社でScope1、2を削減し、さらにサプライチェーン全体でScope 3を削減しなければ根本的な問題解決には繋がりません。
また、国の医療費適正化計画(※2)により薬の価格がどんどん下がっているため、今後は企業の売上は増えなくとも薬の生産量は増えていくと予測されます。ということは、薬1個を作るのに使うエネルギーの量(=原単位)が悪化する可能性があるということです。業界全体で生産量が増えれば、工場の稼働時間やエネルギー使用が比例して増えていきます。Scope 3は、自社以外の関連活動によるCO2排出なので、例えば、原材料をつくるメーカーのエネルギー効率が悪い、輸送を担う物流企業のCO2排出が多く、燃料費も高いという状態が自社製品1個あたりの“見えないコスト”に影響していくという構造です。
(※1)参考:日本製薬工業協会「脱炭素の取り組みへのお願い」
(※2)参考:厚生労働省「第4期医療費適正化計画( 2024 ~ 2029年度) に向けた見直し」
脱炭素化を目指す製薬企業の動向と3つの戦略
では、構造的な課題を脱炭素化に向けるにはどのような対策があるのでしょうか。
多層的なアプローチとして、オペレーション、サプライチェーン、医薬品開発・製造に分類した3つの戦略と、その中で具体的な対策や実際に取り組まれている内容を紹介します。
【オペレーション効率化】
こちらは、Scope 1 & 2に関わる取り組みです。すでに多くの製薬企業で、自社事業における温室効果ガス排出量削減の第一歩として、再生可能エネルギーの導入と省エネルギー化を推進しています。
■再生可能エネルギーの導入
再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)は、発電時にCO2をほとんど出さないため、地球温暖化の抑制に効果的で、化石燃料(石炭・石油・天然ガス)に比べて自給率が高く、供給リスクを減らすことに繋がります。
また、企業が事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際的な推進運動「RE100(Renewable Energy 100%)」にも、複数の製薬企業が加盟しています。小野薬品工業やエーザイなどが加盟しており(※1)、大塚製薬では、事業拠点において外部から購入する電力の再生可能エネルギーの割合が100%であることが公式ページにも掲載されています(※2)。
(※1)参考:一般社団法人 日本気候リーダーズ・パートナーシップ「RE100参加日本企業」
(※2)参考:大塚製薬株式会社「カーボンニュートラル」
■省エネルギー化と高効率設備導入
製薬企業では、研究開発や品質・温度管理、無菌環境維持など多くの電力や熱エネルギーを使用するため、省エネルギー化や高効率設備の導入は直接的な経営メリットになります。中外製薬では、研究拠点の「中外ライフサイエンスパーク横浜」における環境保全への取り組みとして、最新の照明や空調システム等を活用した省エネルギー化や自然エネルギーの利用で環境負荷の低減を目指しています(※1)。その他、武田薬品工業ではドイツのジンゲン工場で、熱回収、LED照明の使用、クリーンな冷却システム、熱電併給を標準的な設備として導入し、施設の抜本的な効率改善に取り組んでいました(※2)。
(※1)参考:中外製薬株式会社「中外ライフサイエンスパーク横浜の環境保全への取り組み」
(※2)参考:武田薬品工業株式会社「いのちを育む地球のために:脱炭素」
【サプライチェーンの変革】
こちらはScope 3に関する取り組みです。製薬企業の温室効果ガス排出量の約9割は企業が直接コントロールできないサプライチェーン全体に由来しているため、サプライヤーとの協働や物流の効率化が不可欠です。
■サプライヤーとの協働
業界全体で効率的に排出削減を進めるための取り組みとして、武田薬品工業は2021年、他のグローバル製薬企業9社とサプライヤーの再生可能エネルギーの活用による解決策の実行を支援するプログラム「Energize」を創設しました(※1)。このプログラムを通じて各サプライヤーが再生可能エネルギーの導入市場に参加する機会を創出しています。
さらに、国内においては、業界共通のルール作りが進んでいます。アストラゼネカは、日本製薬工業協会や医薬品卸、環境省などと連携し、「バリューチェーン全体での脱炭素化推進モデル事業」を主導しています(※2)。この取り組みは、各社の要請がバラバラで負担となっていたサプライヤーの声を反映し、業界共通のScope 3排出量算定・データ取得のルール策定を目指すものです。これにより、個社単独の努力ではなく、ヘルスケア産業全体で効率的かつ公平な脱炭素化を推進する強固な基盤が築かれています。
(※1)参考:武田薬品工業株式会社「持続可能で環境に配慮した医薬品包装における史上初の「WorldStar award」受賞について」
(※2)参考:アストラゼネカ株式会社「気候変動対策」
■環境配慮型物流の推進
物流活動による環境への悪影響を最小限に抑え、企業や社会の持続可能性へ繋げるための活動は「グリーン物流」や「グリーンロジスティクス」と呼ばれています。このような物流の推進は、製薬企業や製薬関連の卸売業者にも導入され始めています。8月にはアルフレッサとヤマトの医薬品配送EVの実証実験が始まり、断熱・保冷機能付きの輸送用機材の使用で、猛暑下でも安全・環境に配慮した物流の実現を目指しています(※1)。同様に、メディセオでは、社内移送便をトラック輸送から鉄道コンテナ輸送へのモーダルシフト(トラック等の自動車で行われている貨物輸送を環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へ転換すること)を実施し、物流の最適化を進めています(※2)。
その他、アース製薬では、「令和6年度 グリーン物流パートナーシップ会議 物流パートナーシップ優良事業者表彰」にて、最高位となる国土交通大臣表彰を共同受賞。日用品、飲料、食品、原料素材、玩具、物流資材メーカーなどの異業種複数社と物流事業者を連携させた共創的価値創造が高く評価されていました。
(※1)参考:アルフレッサ株式会社「小型EVトラック」と「断熱・保冷機能付きの輸送用機材」を活用した医薬品配送の実証実験を開始
(※2)参考:株式会社メディセオ「サステナビリティ」
(※3)参考:アース製薬株式会社「グリーン物流優良事業者表彰にて最高位である国土交通大臣表彰を共同受賞」
【医薬品開発・製造の変革】
事業プロセスの効率化だけではなく、環境に優しい化学のあり方を追求する技術も重要視されています。医薬品の開発・製造そのものを根本から変革するアプローチ「グリーンケミストリー」も導入されています。
■グリーンケミストリーの応用
「グリーンケミストリー」は、「グリーンサステナブルケミストリー」とも呼ばれ、1998年に米国の科学者、ポール・アナスタスによって、基本的な概念である「グリーンケミストリー12か条」が提唱されています(※1)。化学物質のライフサイクル全体で環境負荷を低減し、人体に安全な化学製品の製造を目指す持続可能な化学技術として、化学物質の原料選択から製造、使用、廃棄に至る全過程で環境への影響を最小限に抑えることを目的に導入が進んでいます。
日本の製薬企業のグリーンケミストリーの事例としては、東和薬品が「フロー合成」技術を活用した原薬製造により、環境負荷を低減しているケース(※2)や、小野薬品工業でも研究開発段階から境負荷低減を意識した医薬品原薬の製造工程開発に取り組んでいます(※3)。
(※1)参考:環境展望台「グリーンケミストリー」
(※2)参考:東和薬品株式会社「製品開発の取り組み」
(※3)参考:小野薬品工業株式会社「脱炭素社会の実現」
「私たちにできることは?」社会課題を解決するアイデアを考案!

また、メンバーズも社会課題に着目している企業であり、「VISION2030」として、“日本中のクリエイターの力で、気候変動・人口減少を中心とした社会課題解決へ貢献し、持続可能社会への変革をリードする”という目標を掲げています。
そして現在はビジョン実現に向け、メンバーズ全体で脱炭素のアクションを含めたCSV事例の創出に積極的に取り組んでいます。
私たちMMも事例創出に向け、製薬・医療業界全体の構造を改めて深く理解し、そこからCSV提案に取り組むワークショップを実施しました。
今回は、10月の部門総会で行われたワークショップの内容をご紹介します。
【CSV提案ワークショップ】
<実施内容>
■クライアントのサプライチェーン作成
■サプライチェーンに紐づく社会課題の洗い出し
■社会課題の解決につながるアイデアの考案
それぞれ5~6名のチームに分かれ、グループで参加者同士の意見交換を行うスタイルで行いました。
まずは、クライアントの業界のサプライチェーンを作成するところからスタートし、改めて業界の構造について理解を深めました。次は、構造的課題ともなっているサプライチェーンの社会課題の洗い出しに挑戦。製薬業界の温室効果ガス排出量の約90%がサプライチェーン全体に由来するとされているため、各チームが「製造の段階では○○の課題があるのでは?」「流通では?」「医療機関なら?」と、各工程に潜む課題を出し合いました。
最終的には、出た案についてディスカッションを行い、自分たちで抽出した課題に対し、CSV的な価値を生み出すアイデアを参加者同士で検討。クラウド型の研究支援や不動在庫の活用、AI需要予測など、既存の概念や先入観にとらわれないように発想を広げてアイデアを考案しました。CO2削減の方法を考えること=脱炭素経営にダイレクトに関連する課題として、社会課題解決と企業成長の両立に向けたアイデア創出を社員一人ひとりが主体的に体験しました。
脱炭素アクションをCSV経営に活かし、社会課題の解決へ
ご紹介してきたように、製薬業界における脱炭素経営は、リスク管理、企業価値向上、持続的なイノベーションに必要な戦略であり、バリューチェーン全体で推進されています。
また、すでに行われている自社事業の再生可能エネルギーの導入や省エネルギー化に留まらず、サプライチェーンへの対応、グリーンケミストリーといった研究開発など、多層的なアプローチで取り組みが展開されていることが感じ取れたのではないでしょうか。
そして、メンバーズも、社会課題の解決とビジネス目標の達成を同時に実現させる企業として、みなさまの「CSV経営」をご支援しています。
以下のリンクには過去の事例も掲載していますので、サービス・製品の見直し、CSV経営を実現するための事業戦略の立案、共創プランの立案などを検討している製薬会社さまは、ぜひお問い合わせください。
※CSV戦略コンサルティング・CSV型プロモーション実行支援
https://www.members.co.jp/services/csv/csv.html
※「VISION2030」メンバーズグループが着目する社会課題
https://www.members.co.jp/company/vision2030.html
この記事の担当者

丹羽 絢咲 / Niwa Ayana
職種: Webディレクター
入社年:2024年
経歴:2024年新卒入社後、Webinar運用案件→ イベント事務局運用案件に従事。
