みなさん、こんにちは。広報担当です。今回も、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏へのインタビューです。
引き続き「疾患啓発サイトの重要性と役割」について、後半では疾患啓発の本質や事例など、これからの運用ポイントのヒントになる話をお聞きすることができました。デジタル活用にお悩みの製薬業界の方は、ぜひ、ご覧ください。
競合企業の枠組みを超えたイノベーションの時代へ!
―― それでは、後半もよろしくお願いします。
鈴木氏「お願いします」
―― 前半の最後では、製薬企業のサイトは「正しい情報」にこだわる部分もあるので、確かに面白くはなりにくいし、しにくい……。そんな話で終わりましたが、そこは本当に悩ましいですね。
鈴木氏「はい。自社製品の中だけでそういったコンテンツを構成するのはなかなか難しいし、出来ないんじゃないかとは思います。そこは、もう少しイノベーションが必要ですね。
エムスリーが日本最大級の医療従事者専用サイトとしてずっと使われ続けるというのは、サイトを訪問すれば何かがあるとか、常にプッシュ型で何らかの情報が入るから。そこに対抗するなら、1社でやるのではなく、何社かでやってみる方法もありますよね。もちろん、同じ領域同士なら競合する場合もあるし、考えなければならないことはありますけど。
例えば、医師の啓発によって診断率を上げていかなければという課題を持った疾患なら、製薬会社同士のコンソーシアム的な枠組みを作ってみるとか。僕が医療用麻薬の担当者だった時の話ですが、海外に比べて日本は医療用麻薬が使われないので、患者さんの痛みが取れないという悩みがあったわけです。
そこで、どうやってがんの治療医に気付いてもらい、痛みの治療に向き合っていただくか。こういったケースはもう、製薬企業同士が“競合”という立場以上に、共通の課題を持つ”同士”になるので、そこで一緒に何かできませんか? という話もできる。なので、1社だけのオウンドメディアではなく、何社か集まってのオウンドメディア……というのを考えても良いんじゃないかと思いますね」
―― それは良いアイディアです! 私たちにもできたら、かなりイノベーティブな取り組みになりますね。今は完全に絵空事ですけれども(笑)。
鈴木氏「今のは製薬会社複数社でのオウンドメディアというアイディアでしたけど、他に自社で作るなら『こういうセグメントの医師』とか『この科の特にこの分野に興味がある医師』に対してとか、専門性があって何かに特化したイメージのものになってくるのかなと思いますね」
認知が広まっている疾患に“啓発”は不必要か?
―― サイトの話になりますが、疾患啓発に向いているのは、疾患の認知度が低く適切な受診に至ってない、疾患予防のための適切な検査・検診の受診率が低い、新たに承認されたばかりのために治療方法の認知が低いなどが理由で、「対象疾患の受診率が低い」場合だと言われています。
例えばですが、これらの反対の条件、「受診率の高い疾患」の場合、Webサイト上からの情報発信はあまり意味のないものになってしまうのでしょうか?
鈴木氏「これは、製薬企業の戦略のレバーがどこにあるかということをまず考える必要があります。そもそも受診する人が少ない疾患なら受診を促す疾患啓発に向いていますから、サイトではなくても、何らかの形で疾患啓発をすべきと思います。
では、受診率が高ければ何もしなくて良いか? というと、そういう話ではないですよね。例えば、受診率が高い疾患でも、受診先が理想的とは言えないケースがあります。本来は専門医のいる医療機関で受診してもらった方が製薬会社にも患者さんにも良いけれど、それが伝わっていない。
そして、患者さんは何となく近所の内科クリニックに行って、他の診断名が付いてしまう。そういう場合には『受診しましょう』というより、『こういう医者/医療機関で受診した方が良い』という流れを作る必要があります。
僕が編集長を務めているイシュランというサイトはそういう役割もありますね。がんを診療できる医者はたくさんいるけれど、やはりそのがんの専門医で受診してもらう方が良いですよ……というような。だから、受診率の高い疾患でも啓発の必要があるケースはあります」
―― 患者さんに正しい情報を与える、という別の切り口で考えれば、受診率が高い疾患でも啓発する役割はあるということですね……!
鈴木氏「そして次は患者さんが受診に至った後、治療を続けられるのかどうか。そこがボトルネックになることもありますね。治療をサボりがちな患者さんの行動を変容させて、継続的な治療に繋げることが、戦略上の大きな課題になるようなケースです。
少し前には、アプリを処方するという治療法で話題になった、ニコチン依存症治療アプリが出ましたよね。必ずしもWebサイト上で何か……という話ではないけれど、デジタルでどう対応するのか、というのは考えていかなければならないところですね」
行動変容を促すのは“正しい表現”だけじゃない!
―― そういえば、医療・製薬以外の企業ホームページやECサイトなどでは制作時に技術面にこだわったり、デザイン面に注力することも多いのですが、
今回のような疾患啓発サイトの性質を考慮した場合は、見た目よりもサイトに訪問するユーザーの感性に響く言葉で訴える等、ユーザーの興味を引くために必要な要素はECサイトとはやや異なる気がします。疾患啓発サイトならではの必要な要素はあるのでしょうか?
鈴木氏「この点で言えば、 “正しいものを出して終わり”というような、おとなしいサイトがまだまだ多すぎるとは思います。だから逆にECサイトなど他のサービスにも共通するような要素を取り入れた方が良いんじゃないかと感じます。
先ほど言ったような、治療の継続をさせたい場面では、患者さんを楽しませるゲーミフィケーションをもっと取り入れても良いんじゃないかと。結局、行動変容を促すのはそんなに簡単ではないと思うので、“正しいものを出しさえすれば良い”ではなく、”本当に行動を変えてもらうために必要なデザインはどういうものか“という視点が大事ですよね」
―― 少し違う話ですが、近年は特に企業の経営理念が組織づくりに活用されるなど、企業活動を行うにあたってミッション、ビジョン、バリュー、企業の掲げるSDGsも重要な要素になっています。
疾患啓発サイトの運用をしていく中で、製薬会社は企業のミッションやSDGs等の繋がりも意識するように変化していますか?
鈴木氏「製薬会社さんの日常のディスカッションの中では、まだそこまでには至っていないと思いますけれどね。正直なところ。ただ、疾患啓発をすることで一人の患者さんが病気に気が付いて治療し、結果が良くなれば、人生が変わるという話にも繋がってきますし、ここは誰しも同意できるところだと思います。
逆に言えば、それは大事なのはわかるけれど、お金を掛けて疾患啓発をしていくことがビジネス的にも意味がある……とならないと投資を続けていこうとならない。なので、前半で伝えたような効果検証をしっかりしないと一時的な活動にしかならず、作って終わり……という風になってしまいますよね」
医療用麻薬のコンソーシアムに学ぶ患者インサイトの重要性
―― では、これまで手掛けた疾患啓発の支援ケースを通じて大きな成果が出た、変化が起きたというエピソードについて教えていただけますでしょうか。
鈴木氏「支援というか、実際に自分が製薬会社側の立場にいた時の話になりますが、冒頭の方で少し触れた医療用麻薬のケースですね。日本では医療用麻薬があまり使われておらず、患者さんの痛みが取れていなかった中、関係するメーカーで資金を出し合いコンソーシアムを立ち上げました。
患者さんへの啓発という話もありましたが、それよりも医療従事者への啓発。これが大事な話で、特にがん治療をしている主治医の啓発が急務でした。
緩和ケアの先生は、痛みの治療の重要性は重々理解していますが、普段患者さんに接している主治医の先生にこそ痛みの治療の意義や痛みを我慢している患者さんが実は沢山いるかもしれないということを分かってもらいたかった。
そのためにコンソーシアムという枠組みを使って患者調査をして、まだまだ痛みを我慢している患者さんがいること、その一方で、主治医に伝えきれないでいるということを明らかにしました。そして、プレスリリースを出して、どの会社も販促資料として使えるようにしました。
その後、急激に状況が変ったわけではないですが、4~5年掛けて少しずつ状況が改善しましたね。緩和ケアの重要性については、患者会や学会も声を上げてくださって、それががん対策の政策にも反映されるような、そういう時代の流れもあったので良い変化につながったかなとは思っています。
最終的に痛みの治療がどの程度進んだかという数値的な資料は手元に無いのですが、それでも一昔前に比べてがん治療中に医療用麻薬を使うことが当たり前になった……という実感はありますね」
―― 痛みに恐怖感を抱えていたり、深刻に感じていた患者さんにとっては嬉しい変化ですね! 痛みに関しては、医師ではなく、患者さんの声を直接聞いた方が本音を引き出せますし、それが変化を起こすことに繋がったのでしょうね。
それでは、最後の質問です。改めて今後、疾患啓発サイト(または、医療従事者向けサイト)を運用していく組織やチームが患者さんや日本の医療環境を良くしていくために最も考えなければならないのは、どのような点だと思いますか?
鈴木氏「一つは、制作に入る前に患者さんのインサイトを調査して把握しておくのが大事だということ。例えば、『受診する/しない』にしても、なぜ受診しないのか? 逆に言えば、受診している人としない人は何が違うのか?
そして、どんな情報をインプットすれば、受診しなかった人が受診を考えようと思ってもらえるのか。そのクリティカルなポイントを把握した上で疾患啓発のメッセージを考えたり、サイト制作をしていくことが大事です。
もう一つは、先ほどもお伝えしましたが、正しい情報を見せるだけで患者さんや医療従事者が動くわけではないということ。見せ方も大事です。A/Bテストを繰り返して、見せるものの内容やデザインをブラッシュアップし続ける。
でも、実際にそれをしている企業は少ないので、一言で言えばもったいない。サイト内での患者さんや医師の動きをちゃんと追って分析し続ける、作って終わりにしないことですね」
―― ありがとうございました! お話いただいた内容から、製薬企業が疾患啓発サイトを制作&運用する中で押さえておくべきポイントが掴めました。
かなり強力なヒントも含まれていたと思いますので、製薬企業の疾患啓発の役割を改めて考え、制作や運用に活かしてみてはいかがでしょうか。
これからも、医療・製薬業界に関するデジタルの取り組みや専門的な知識をお伝えしていきます。