みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、「行動経済学と医療マーケティング」シリーズ最終回をお届けします。第3回目として、引き続き行動経済学における概念と、これらの概念をどう活かすべきかなどを紹介していきます。第1回目からの内容と併せてぜひ、今後のマーケティング戦略にお役立てください。
行動経済学の概念5:【ナッジ】とは
―― 行動経済学と医療マーケティングの連載も、今回で最終回となりました。まだまだ聞きたいエピソードもありますが、行動経済学の概念のラスト、5つ目となる【ナッジ】とはどのようなものでしょうか?
これは、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏が提唱している概念です。コーヒーショップなどで床に足跡の形のステッカーが貼り付けてありますが、あれが“ナッジ”です。“ナッジ”は、元々は人に合図をする時に優しく肘で小突くというような意味で、足跡のステッカーも間隔を空けて並べるよう、人を正しい方向に誘導できるものになっていますよね。あとは、下世話な話ですが…男性用トイレの便器に的のような印がありますが、あれもナッジの一例です(笑)。最初はオランダで実施され、あのような印をつけることによって余計な飛び散りがなく、清掃が楽になり、コストが激減されたとか。“ナッジ”を活用し、ユーザーの行動が自然と正しい方向に導かれるようになっているのですね。
―― ナッジは、世界にもユニークなものが色々存在しているようですね。海外では、たばこの吸い殻ポイ捨て防止のために、ゴミ箱に質問を書き、どちらかを選んで捨てられるようになっているものもありました。他の概念も含め、これらの5つは独立した概念というより密接に絡み合っており、医療マーケティングのあらゆる場所で有効に活かすことができそうです。
そうですね。結局、マーケティングの戦略目標は、誰かの行動を変えることです。例えば、製薬企業や医療機器メーカーさんの立場から見れば、行動経済学は医師や患者さんの行動を変えることに繋がるので、知っておいてもらって絶対に損はないと思っています。
自身の経験から行動経済学を自然に取り入れている医師も!
―― どの概念も私たちが何かを買う時、サービスを受ける時も同じように感じる場面がありますね。しかも、薬の処方時であれば、身体にダイレクトに関わるということもあり、患者さまはこの概念を反映した行動をとるであろうことがイメージできます。また、お医者さまは自分の説明の順番や表現の微妙な違いによって治療薬を受け入れられるかどうかに繋がっていると知り、驚かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
医師側は体系的に行動経済学を勉強している訳ではないですから、こういう話にびっくりする方もいますし、逆に自身の経験から「薬の説明はこういう風にした方が受け入れられるのではないか」と理解し、自然に行動経済学に基づく行動をしている方もいらっしゃいます。私のコンサルティングの事例で、治療を継続するのがとても難しい疾患があったのですが、例外的に上手く継続できている医師もいました。そのような医師にインタビューしてみて、経験から導いた説明のコツが、まさに「アンカリング」の要素が入っていたのです。その医師は「この治療には3か月は掛かるから、覚悟しましょう」と最初に患者さんにしっかり伝えているのですが、その疾患では多くの患者さんは数日や1週間ぐらいで治ると思って受診していますので、この一言を伝えるのが大事だというわけですね。
―― 患者さんの本当の気持ちは診察中に表面的には分からないので、こういった行動経済学の概念を知る事や、第三者目線でのインサイトの調査も貴重だと実感させられます。また、ストレートな患者さま側の意見を聞くことで、お医者さま側のアドヒアランスに対する姿勢なども変えられる可能性がありそうに感じました。ただ、そのような取り組みも一度きりでは効果が継続しないと思いますが、定期的にフィードバックするような機会を設けている医療機関はあるのでしょうか? 「もっと増やしてほしい」等の想いなども聞かせていただければと思います。
多くの医療機関に目安箱のようなものがありますが、第三者を通じて患者さんのインサイトをもらっている医療機関は、私の知る限りではあまりないと思います。クリニックのような規模では実施が不可能だったりしますし。それに、1つの医療機関だけでやる話でもないと思っています。アドヒアランスを向上させるならば、製薬会社さんがそういった機会を設けた方が良いでしょうね。戦略的にも意義がありますし、医療機関のためにもなりますよね。
―― 医師と患者のやり取りでの事例をご紹介いただいてきましたが、行動経済学の概念を取り入れることは、医師だけではなく、薬を売るMRや薬剤師の方にもメリットがあるように感じますね。
MRに限らず、どんな営業活動でもそうだと思うのですが、相手に手間を取らせないような依頼の仕方をするのは営業の基本動作です。また、そうすることが相手のフリクションを下げる事に繋がっていきますから。
行動経済学を取り入れ、マーケティング戦略に改革を!
―― 行動経済学を知ることで、自分が営業をしている時の行動を見つめ直すこともできるし、相手がどんな行動をとるかを予測し、自分の行動を変えていくことにも繋がるのですね。解説いただいた概念は商品やサービスを売りたい相手にあてはめるだけではなく、何かを売る側の心理傾向としても知っておくと、セールストークを見直せそうです。(例えば…「損失回避」をするために、新たに売り込みたい高価格の新商品ではなく、確実に売れる安価な定番商品だけをすすめていないか? 等)
損失回避であれば、良くある手法は“期間限定セール”とか。この機会を逃したら勿体ない! と思わせるやり方がありますよね。私の友人でもある、大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授 平井 啓 先生の著書、「医療現場の行動経済学-すれ違う医者と患者」でも紹介されていたと思いますが、がん検診の案内でどのような表現をすると対象者が行動に移してもらいやすくなるかを、損失回避を活用したメッセージを入れて案内を出す工夫について書いています。「○月○日までで、検診期間が終わってしまいます」のような手法ですね。
―― 分かりやすい解説をありがとうございました! シリーズ全3回を通し、行動経済学の5つの概念について私たちの行動に置き換えたりしながら理解することができました。そして、私たちが関わっている医療や製薬の業界では、医師と患者さん、製薬会社と医療従事者のコミュニケーションに行動経済学を取り入れられる場面がまだまだあるのではということも感じます。行動経済学を知ることによって、単に商品やサービスの良さをPRするだけではなく、アプローチの仕方を工夫したり、ほんの少し表現を変えるだけで売る相手側へ与える印象や売り上げにまで大きく影響を与える要素になりそうです。
読者のみなさまも、5つの概念をご自身のマーケティング活動に反映してみてはいかがでしょう。
今後も当ブログでは、医療業界のプロフェッショナルへのインタビューなどもお届けしていきます。