メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会レポート:前編【がん治療の進化と個別化医療〜遺伝子パネル検査の意義】

コラム

2023.02.13

みなさん、こんにちは。広報担当です。

今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏に、「がん治療の進化」をテーマに語ってもらいました。私たち日本人の2人に1人が診断されることがあると言われる“がん”。私たちはデジタルマーケティングの知識だけではなく、疾病に関する治療の進化の歴史を知ることで専門的な理解を深め、知識を付ける機会も設けています。勉強会の模様もぜひ、ご覧ください。

化学兵器も使われていた! がん治療の進化の歴史を辿る

佐塚さん「今回の勉強会テーマは『がん治療の進化と個別化医療〜遺伝子パネル検査の意義』ということで、本日はよろしくお願いいたします。メンバーズ側の出席者は、新卒社員の2名、清水、中野と私です」

清水さん・中野さん「よろしくお願いします」

鈴木氏「みなさん、よろしくお願いします。では、最初に質問しましょう。みなさんは、がんの治療薬には、どんなイメージがありますか?」

清水さん「そうですね、副作用が本当に苦しそうというか…そのイメージが一番強いですね。髪が抜けてしまったり…」

中野さん「放射線治療、化学療法、色々ありますが、患者さんの負担が大きいので、最近は治療法を組み合わせたり、負担が軽くなる治療法があるのではないかなぁと」

鈴木氏「はい。清水さんが言ったように、抗がん剤は副作用で非常に辛い思いをするイメージがありますよね。でも、今は色々な種類のお薬があって、イメージとはだいぶ異なると思います。先ほど、「化学療法」という言葉が出ましたが、これが皆さんが一般的に持たれている抗がん剤のイメージに近いものです。喩えで言うと、焼け野原治療というか、がんを全部焼き尽くそうとするような治療です。でも、それは自分自身の細胞も同時に相当攻撃することになる。なので、かなり強い副作用が出ます。典型的なのが、吐き気、抜け毛、しびれ、とか。免疫力が下がるので感染症にも罹りやすくなります。このタイプの治療法は昔からあります。第二次世界大戦中に使われた化学兵器、マスタードガスの成分を使っていたこともありますが、最初はこれくらいの物しかなかったんですね」

佐塚さん「化学兵器…ですか」

夢のような薬「ミラクル抗がん剤」も万能ではなかった?!

鈴木氏「その後、1980年代に入って、がん細胞に特有の遺伝子の異常を見つけられるようになっていきました。一番有名なのが、乳がんのHER2(ハーツー)ですね。乳がんは、女性ホルモンが陽性か陰性か、HER2遺伝子に異常があるのかないのかによって様相が違うということが分かりました。ホルモン陽性の場合、女性ホルモンを餌にしてがんが増殖するので、女性ホルモンを止める治療が良く効き、予後も良かったのです。でも、HER2遺伝子に異常がある(=陽性)で、ホルモンが陰性の場合だとホルモン治療をやっても意味がなく、予後も悪かったのです。ところが2000年代に入って、HER2を標的にしたお薬、ハーセプチンが出てきました。これがミラクルと言って良いくらい、HER2陽性の乳がんに良く効きました。その後、ハーセプチンと似たような薬や次世代の薬なども出てきて、HER2陽性の治療成績は大きく向上してきたのです。もう一つ、がん細胞に特有の遺伝子の異常の先駆けとして、肺がんの世界では、EGFR(イージーエフアール)の遺伝子に変異が入っているか、そうでないのかという話があって。EGFRの遺伝子変異があるタイプの肺がんに効くイレッサという薬がありますが…この抗がん剤、聞いたことはありませんか?」

佐塚さん「いや…ないですねぇ」

鈴木氏「これも2000年代初めに出てきた時は、夢のような薬と言われました。ハーセプチンもイレッサも、化学療法とは違って分子標的薬といい、遺伝子異常に対応したタンパク質などの特定の分子をターゲットにし、作用します。イレッサは、それまで化学療法しかなかったところに『副作用も軽く、効果が高い夢の薬』という形で週刊誌などにも取り上げられました。ところが、専門的な医療機関以外でも処方されることが多く、死亡者が続出してしまいました。イレッサの副作用に間質性肺炎があるのですが、それがうまくマネジメントされずに死亡者が出てしまったため、逆に薬害のある抗がん剤というイメージになってしまったんです」

佐塚さん「そんな事があったんですか」

鈴木氏「実はイレッサは当初、肺がん(非小細胞肺がん)全般に効くとされていました。ただ、日本人には良く効くけれど、欧米では効かないので、海外では医薬品の承認も下りない。尚且つ、薬害の事もあって、抗がん剤としての評価が下がってしまった。でも、その後日本発の研究で、EGFR遺伝子変異陽性の人に特異的に効くという事が分かったんです。EGFR遺伝子変異が陽性の人と陰性の人に投与した時にどうなるか、化学療法とで比較するわけです。すると、イレッサは化学療法と比べてEGFR遺伝子変異が陽性の人には効果があるけれど、遺伝子変異が陰性の人は早く亡くなってしまうということが分かった。そのようにして遺伝子変異の陽性/陰性のタイプに応じた個別化医療というものが、2000年代から発展してきました。そんな歴史があります。若い方は知らない話かと思いますが(笑)」

清水さん・中野さん「(笑)」

次々見つかる遺伝子変異! そこで誕生した「がん遺伝子パネル検査」

鈴木氏「それから次々に新しい分子標的薬が生まれてきて、肺がんでは当初はEGFR遺伝子変異の有無しか分からなかったのですが、次にALK (アルク)という遺伝子変異を日本の研究者が見つけました。肺がんの中でも非小細胞がんというのですが、遺伝子変異の持っているタイプでどんどん細かく種類が分かれ、今では遺伝子変異が10以上…数が覚えられないほど見つかっています。そして、それらに応じた治療薬もどんどん開発されています。では、遺伝子変異があるかないかは、どうやって見分けると思います?」

清水さん「採血…でしょうか?」

中野さん「遺伝子を採取して、塩基配列を見ていくとか?」

鈴木氏「そうですね。清水さんが言った血を採るというのは、新しい技術の話になりますね。その一歩手前、普通はがんの組織を採ってきます。スライスして、それを詳しく染色をしたりして調べる。本格的にやるならPCRにかけたり。EGFR遺伝子変異が陽性かどうかを調べる検査だけだった頃は、それだけを見ていました。そして、ALKが出て来たので、それも調べなくてはならなくなり、また別の遺伝子変異が出てきて…となっているのが今の状態なんですね。10個あったら10回検査しなくてはならないのかと。もっとまとめて調べられないの? と思いますよね。それが『がん遺伝子パネル検査』です。色んな種類の遺伝子変異を一度にまとめて調べられ、保険適用が開始されたのは2019年の話です。自分のブログにも大きなニュースとして書いたと思います。この検査をすると、色んな遺伝子変異の有無が分かるんですが、そこに対応する薬がない遺伝子変異を見つけることもあります。あとは…米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーも乳がんに罹患しましたよね。ホルモンやHER2遺伝子が陽性かどうかという話をしましたが、どちらも陰性というのはトリプルネガティブというタイプの乳がんです。トリプルネガティブの中にBRCA(ブラカ)遺伝子に異常があるタイプがあるというのが分かっています。BRCAの場合は”遺伝性”の変異で、アンジェリーナ・ジョリーもこのタイプで、乳がんや卵巣がんなどの発生確率が高くなります。例えばもし清水さんが『がん遺伝子パネル検査』を受けて、意図せずBRCA遺伝子の異常が発見されたとすると…イシューとしては大きいですよね」

清水さん「そうですね…」

鈴木氏「そうですよね。その場合、清水さんのご家族(兄弟姉妹や子供など)にとっても、人生に影響のある話になります。この検査で遺伝子の変異を一気にたくさん調べることは出来るけれど、そんなに気軽にできるものではないという点はわきまえておく必要があります。でも、この検査によって見つけきれなかった遺伝子変異を見つけられる可能性があり、治療選択にも繋がる重要な話で、今一番、脚光を浴びている技術だと思います。あとは、先ほどの清水さんの話で出た採血の検査の話を少ししておくと、従来の『がん遺伝子パネル検査』は、組織を採ってPCRのようなものにかけると思ってもらえればいいのですが、がん組織は気軽に採れるものでもないですよね。その代わりに血液や尿などで、もっと気軽に『がん遺伝子パネル検査』をできないかと。ctDNA(circulating tumor DNA)というのですが、がん患者さんの血中にある壊れたがん細胞から出てきた遺伝子情報を解析することで、『こんな遺伝子変異があるタイプのがんがある』というのが分かります。今はそこまで技術が進んでいて、まさに去年から今年にかけて登場してきた技術です」

本当にやるべき検査とは? 治療や進行に合わせた検査が話題に

佐塚さん「保険適用はどうなっていますか?」

鈴木氏「遺伝子パネル検査が保険適用されるかどうかは、がんによっても違うし、何回も出来るわけでは無くて。ただ、遺伝子変異の情報もがんが進行したり、治療をすると変わっていきます。陰性だったのに、ある程度時間が経ったら陽性になってきたりというのもあるんです」

清水さん「そうなんですか」

鈴木氏「ということは、ある程度時間が経ったらもう一度検査をやった方が、自分に合う治療薬を投与してもらえるようになりますよね。でも、今の保険制度では一度しか適用されません。そこをどうにかできないか…というのが、学会に出たりすると話題に出てきますね。がん治療の進化についての話は、このような感じです」

―― この後は出席者との質疑応答が続きますが、前編はここまでとなります。後半にも濃い話は続いて行きますので、どうぞ楽しみにお待ちください。