メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会レポート:前編【Financial Toxicity(経済毒性)の不都合な真実】

コラム

公開日:2023.07.12
更新日:2023.07.19

みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長の鈴木氏による勉強会レポートの前編です。テーマは、治療に関連する経済的な負担がもたらす「Financial Toxicity(経済毒性)」です。前編では、薬が生み出す価値や費用対効果、その考え方についての解説をしています。日本にも広まりつつある課題でもありますので、関心のある方はぜひ、ご覧ください。

※こちらの記事内に書かれた医療用医薬品に関し、開示すべき利益相反関連事項はありません。

高騰する新薬の値段! 薬の価値をどう考える?

佐塚さん「今回の勉強会のテーマは、『Financial Toxicity(経済毒性)』です。難易度が高い内容ですが、がんに限らず高額な治療が増えてきている今、避けては通れない“不都合な真実”ということなので、ここでしかお聞きできない専門的なお話を鈴木さんから頂ければと思います。本日もよろしくお願いいたします。出席者は、小森、清水、中野の3名です」

全員「よろしくお願いします」

鈴木氏「早速、佐塚さんから良いワーディングがあったのですが、“不都合な真実”というのは、経済毒性の話の本質をよく表している言葉だと思います。薬とお金という点、あと最近よく言われている『費用対効果』。この話と経済毒性の話をセットで話して行こうと思います。では、最初にみなさんは医療用医薬品の新薬の値段の全般のトレンドは、現在どうなっているかご存知ですか?」

小森さん「すごく上がっているイメージがあります」

鈴木氏「なぜ、そんなイメージが付きましたか?」

小森さん「ニュースなどで見て、高い薬が発売されたとか、そういうものからそんな印象を持ちました」

鈴木氏「そうですね。最近はニュースや新聞の一面を薬の値段の話題が飾るような事が出ていますね。新薬の単価が爆上がりしているのは、トレンドとしても間違いないです。以前の勉強会でも抗がん剤について触れましたが、昔はそんなに高い値段が付いているイメージは無かったのが変わってきているのです。例えるなら、患者一人あたりで数十万円のものだったのが、2000年代に高い分子標的薬が出てきて、百万円単位に上がった……、そんなイメージですね。さらに最近では、本庶先生が2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞された、免疫チェックポイント阻害剤。このクラスのお薬ならば、1年間の使用で千万円単位になってきています。また、がん以外であれば、先ほど小森さんが見たのはこちらかなと思いますが、有名なものは2015年に出た、C型肝炎治療薬のソバルディがありますね。他にも同じクラスの薬剤がいくつかありますが、1錠6万円で3カ月ぐらい服薬するもので、計算すると500万円以上にもなり『高い!』ということで話題になりました。あとは、数年前に出た遺伝子治療薬のゾルゲンスマ。清水さん、これを治療が終わるまでに使うといくらになると思いますか?」

清水さん「2千万円とか……」

鈴木氏「実は、薬価ベースで1億円越え、だいたい1億5、6千万になるんです。これは脊髄性筋萎縮症という、遺伝性の希少疾患のお薬ですが、この金額を見た時、みなさんは、まずは何を考えますか?」

佐塚さん「これは……シンプルですよね。治療の費用は大丈夫かなって。保険で賄えるかな? とか」

鈴木氏「そうですね。あとは、それだけの金額を払う価値のあるお薬なんですか? ということを社会としては考えなくてはいけないですよね。1億円を払って治らないのであれば、それは……となりますよね」

佐塚さん「医療には“絶対”が、ないですからね」

鈴木氏「そうなんです! そこがポイントで、医療は確率論になってきてしまうので、その中でお薬の価値を考えなくてはいけないですね。例えば先ほどのC型肝炎の治療薬。ソバルディの話をしましたが、このクラスのお薬は当時とても画期的なお薬で、それまではC型肝炎はインターフェロンという古くからある薬を使って、激しい副作用もある中で半分治れば良い、そういう世界でした。C型肝炎というのは、治らなければ進行し、最終的には肝臓がんになって亡くなっていく病気です。そこに新しいクラスのC型肝炎治療薬を使えば、97~98%ぐらいの確率で完治することがわかったのです。完治すれば、肝炎の治療をこの先ずっと続けることもないし、肝臓がんにもならない。ならば、薬にかかる500万円というのは、それほど高くないのでは? という話も考えられるようになります」

佐塚さん「確かにそうですね」

薬の費用対効果を評価するQALY(クオリー)の概念

鈴木氏「もう一つの遺伝子治療薬のゾルゲンスマですが、これは生まれて間もない子どもに発症してしまう、そういう病気に使うお薬です。病気を発症すると、すぐに進行して車椅子生活になり、亡くなってしまうという非常に厳しい病気です。この治療にゾルゲンスマを使うと、車椅子も使わず普通の生活を送れる確率が上がります。ということは、薬を使うか、使わないかで、患者さんやご家族にとって全く違う世界になる訳です。そこで、お薬が生み出す価値をどう図るか、それを測る指標が『QALY(クオリー)』と呼ばれます。”Quality Adjusted Life Year”の略ですね。日本語では『質調整生存年』と訳されますが、端的に言えば『元気で生きられる1年』ということです」

佐塚さん「その方がイメージしやすいですね」

鈴木氏「例えば、お薬の副作用で辛い状況で1年寿命が延びるのと、ピンピン元気にしている1年とは価値が全く違う訳じゃないですか。そういった副作用も考慮した上で、治療の価値を評価するために考えられた概念なんです。もう一つ、医療経済学で使われる概念で、『ICER(アイサー) 』というものがあります。”Incremental cost-effectiveness ratio”、何かややこしいですね(笑)。和訳すると『増分費用効果比』で、先ほどお話した1年分のQALYを獲得するためにいくらかかるのかということ。要するに元気な1年を生み出すために、そのお薬はいくらですか? という考え方ですね。薬の値段が100万円で、それを飲めば10年間生きられます。ということだったら、ICERは10万円。単純化すると、そんなイメージになります。この考え方を使って、治療の価値が見合っているかどうかを計算しようということを盛んにやっているのが、イギリスです。イギリスは国営の保険で医療費を全額賄う制度がありますが、だからこそ、保険で賄うべき薬かどうかを厳選する国なんです。お薬の経済的な評価もしっかりチェックする。先ほどのICERであれば500~600万円ぐらいが目安とされているかと思います。元気な1年間を生み出すなら、これ位が基準じゃないか……ということですね。ただ、念のためにお話しておくと、基準を超えるから絶対にダメというものではありません。例えば、希少疾患でかなり高価だけれど、患者にとってはそれ以外に治療法がないとか、その値段でなければ製薬会社も開発をしなくなってしまうとか。そういう状況であれば認めることもあります」

清水さん「そうなんですね」

鈴木氏「とはいえ、先ほど佐塚さんが言ったように保険財政の話も考えなければいけないので、こういう基準を持つことは大切です。みなさんご承知のように、日本の保険財政もカツカツですので、日本でも最近はお薬の値段を決めるときに費用対効果の評価、“価値が見合っているのかどうか”という点を考えるようになってきています」

高額療養費制度にも影響を及ぼし始めた経済毒性

鈴木氏「経済毒性の話をする時には、国家にとって保険者にとってという以上に、患者さんにとってはどうなんだろう? という文脈で考えなければなりません。僕は、経済毒性の考え方が最初に出てきたのはアメリカだと思っています。アメリカというのは皆保険制度ではないので、保険に入っていない人は、高い薬が出たところで薬にアクセスすることができません。治療自体も、自由価格ということもあり非常に高額です。なので、もし、治療にアクセスができたとしても、生活がメチャクチャになって破産してしまうなんてことが起きるので、経済毒性は日本よりもシビアな状況です。では、僕たちが日本で患者の立場で高額な免疫チェックポイント阻害剤のような、年間1千万円する薬使って治療をすることになったとしたら、自己負担でいくら払うことになると思いますか? 小森さん、いかがでしょう」

小森さん「……650万円ぐらい、ですか?」

鈴木氏「清水さんは?」

清水さん「500万位…?」

鈴木氏「中野さんはいかがですか」

中野さん「自己負担ですよね……。私も500万円ぐらいかな。高いですかね(笑)?」

(ここで佐塚さんが指を3本立ててヒントを出していました)

鈴木氏「みなさん、すごい太っ腹ですね(笑)。佐塚さんが指をこうして(3本立てて)いるように、自己負担は3割なんです。原則は。だから、風邪で病院に行って診療とお薬の料金を合わせて1万円です。となっても、窓口で支払う金額は3千円。なので、1千万円掛かるとしたら300万。と思いきや300万円も支払う必要はないんです。入っている保険や年収によったりするのですが、多分、せいぜい百数十万円で済みます。みなさん『えー?』と思いましたか?」

小森さん「3割の上限があると思ったので、これ位かなと思ったんですが……」

鈴木氏「あぁ、なるほど。それは逆なんですね。保険者側が出してくれる保険金額ではなく、自己負担の必要がある金額に上限があるんです。なので、ほとんどのケースで月額で10万円以上にはならなくて済むんです。これは高額療養費制度という独特の制度で、これがあるのは世界の中で日本だけだと思うのですが、負担する患者さん側にとっては素晴らしい制度です。どんなに高い治療を受けても、ひと月辺りの上限が決まっています。先ほどの3割負担……という話があっても、上限から超えた分は保険が負担してくれるんです」

小森さん「おぉ~、そうなんですか……!」

鈴木氏「知らなかったらびっくりしますよね(笑)。なので、日本はそういう意味では患者さんにとっての負担感は、先ほどのアメリカに比べればだいぶマシなんです。とはいえ、経済的な負担がないわけではありません。上限が決まっていたとしても、例えばみなさん自身ががんに罹って、仕事を続けることが厳しい状況になったら、収入も少なくなるじゃないですか。その中で月に10万円の負担をするのは大変ですよね。生活に相当響いて来るし、それが理由で高い治療を続けるのが厳しいです……という方の声を聞くことが医療現場で増えてきていると聞きます。高額な治療薬が増え、高額療養費制度があっても厳しいと。そこで、日本でも経済毒性という話が語られるようになってきましたし、ついこの前に出席した日本臨床腫瘍学会でも初めて学術集会の中で“経済毒性”の特別セッションが開かれ、がん治療における大きな問題として取り上げられていました」

―― 前半部分はここまでとなります。高額な医薬品が開発されていくことで起こってしまう経済毒性。保険財政と絡めて考えれば、これから社会全体で考えなければならない課題になって行くことが予想されます。後編は質疑応答を交えつつ、その対策などにも触れていきます!