メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会レポート:後編【薬のデ・エスカレーションにおけるジレンマ】

インタビュー

公開日:2023.09.06
更新日:2023.09.05

みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏による勉強会レポートの後編です。テーマは引き続き「薬のデ・エスカレーション(de-escalation)」です。後半では、いよいよ薬のデ・エスカレーションがどのような場面で有効なのかなどを説明していきます。これからの医療環境に関わる内容でもありますので、ぜひ、ご覧ください。

減薬や断薬の効果はどのように証明する?

佐塚さん「では、鈴木さん、後半もよろしくお願いいたします!」

菰田さん、加藤さん、相馬さん「よろしくお願いします」

鈴木氏「後半は、お薬のデ・エスカレーションの話をしていきたいと思います。より少ない用量にするとか、期間にするとか、場合によってはお薬の治療をしないで済む方法は無いかな、というのを考えていきます。そうするには何が必要だと思いますか? 菰田さん、どうでしょう」

菰田さん「予防領域に力を入れるとか……」

鈴木氏「そうですね。確かに病気の罹患そのものを予防できたらお薬は必要なくなりますからね。そこまでのレベルに行く一歩手前を考えてみましょう。Aというお薬があったとして、そのAのお薬の使い方は、ある程度決まっているじゃないですか。量とか期間とか。それに対して、もっと少ない量で良いとか、もっと短い期間で良い、もしくは、Aを投与しなくても良いんです。という話をするために何が必要でしょうか」

菰田さん「薬の期間の減らす、というだけで言えば、もっと効果が良くて短期間の投与で済む薬の開発とかですかね? ちょっとイメージが湧かないのですが……」

鈴木氏「確かに新しい薬を開発すると解決するかもしれませんが、それはデ・エスカレーションとはまたちょっと違う話になります。デ・エスカレーションでは、同じAという薬であれば、という話なので、その場合どうすると思います? その中で、量で考えた時、Aという薬は1日2錠飲むというのが本来の使い方だとしたら、そこを1日1錠にしたらどうなりますか、と。または、Aという薬は1日2錠で1か月飲むのを、2週間に縮めたらどうなりますか……とか。どうなるのか、というのを調べるにためはどうしたら良いでしょう(笑)? 加藤さん、どうしますか?」

加藤さん「実験、ですか?」

鈴木氏「そうです、実験です! この業界では、臨床試験とか、治験という言い方になるわけですが、要するに実験ですよね。例えば100人はAのお薬を2錠でいきます。別の100人は1錠でいきます。それで1か月治験をして、あまり効果が変わらないのであれば1錠で良いじゃないか、という結論になります。もしくは、1か月お薬を飲みます。というグループと2週間だけ飲みます。というグループを比較した時にどちらも効果が変わりませんでした、ということになったら2週間で良いという結論になる。……という事をしないと証明は出来ないですよね。なので、いずれにしても臨床試験をしないといけないわけで、それが大前提です。勝手に量を減らしたり、服用期間を短くするのは良くない。なので、デ・エスカレーションが本当に良い戦略だという事を証明するためには、臨床試験をするしかない。そういった例は色々ありますが、乳がんの治療で最近話題になっているのは、手術をした後、術後の抗がん剤治療をどうするかという話です。『術後療法』って聞いたことはありますか?」

全員「……」

追加の抗がん剤治療が必要か判断できる検査とは

鈴木氏「みなさん聞いたことは無いということで、ちょっと説明しますね。固形がんであれば、どんな種類のがんも、手術をして取れるなら取る、というのが一般的です。手術をしてがんを取って治療は終了! と出来れば患者さんも楽なのですが。でも、がんの手術後に怖いのは何ですか?」

菰田さん「再発です……!」

鈴木氏「そう、再発。怖いですよね。実は、がんの手術で本当にがんが取りきれているか証明する術というのは無いんですよ。凄く小さながんというのは、CT画像にも映らない、分からないんです。もちろん、手術する時は転移していないという前提でするのですが、実は、がんが別の場所に転移していたり、取りきれていない部分が残っていることを100%否定しきれない。そこで、残っているかもしれないがんを術後に抗がん剤で潰しておけば、後々、再発する確率を減らすことができるんじゃないかというのが、術後の抗がん剤治療の考え方なんです。なので、先ほどの再発/進行のがんとは違って、期間は決まっているけれど、手術後の一定期間は抗がん剤の投与を推奨されるケースが結構あるんです。乳がんだと、術後にホルモン剤の治療を5年10年と長くやる方がたくさんいらっしゃるんですが、いわゆる化学療法を一定期間、月単位でやるケースもあります。それはどんな場合かというと、がんの“顔つきが悪い”というか、転移しそうなタイプのがんの場合、見た目は切除できているんだけれど、なるべくリスクを減らしたいケースですね。……でも、もし、みなさんが患者さんの立場だったらどうですか?」

加藤さん「嫌ですね……。治療が終わったのに、まだ治療をするのか……って」

鈴木氏「嫌ですよね! しかも、抗がん剤だから髪の毛が抜けてしまうかもしれないし、きつそう。できればやりたくない……と思いますよね。なので、がんの“顔つきが悪い”というか、将来リスクのありそうな患者さんにとっては、再発も怖いので、”仕方なく”やるタイプの治療です。でも、再発のリスクをもっときめ細かに評価することが出来れば、ある意味ムダな治療をしなくて済むわけじゃないですか。で、最近、遺伝子レベルでリスクを評価する『オンコタイプDX検査』という、再発のリスクをきめ細かに評価できる技術が出てきました。その検査のスコアが一定の値より高かったら化学療法を追加した方が良いけれど、低ければ追加する意味はなさそうですよ……というような。これがどうやって分かったかというと、この検査のスコアで、とある数値以下の方に化学療法(抗がん剤)をやってみたグループと、化学療法を省略したグループを追跡していった時に、再発する率があまり変わらなかったという臨床試験の結果が出たからなのです。なので『オンコタイプDX検査』でリスクをきちんと調べて、リスクが無いと分かったら、化学療法を省こうという流れになったんです。これは正にデ・エスカレーションで、患者さんにとっても良い話ですよね。お金の負担も減る訳ですし、余計な治療が無いから副作用も出ない。良いことづくめです」

発展途上国で効果を発揮する薬のデ・エスカレーション!

鈴木氏「あと、僕が書いたメルマガで紹介した事例があるので、そのお話をします。この勉強会の前半の冒頭に登場した、オプジーボというお薬、覚えていますか? 2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生が発明した技術を使ったお薬で、免疫チェックポイント阻害剤というのですが、とっても高い。年間で1千万円レベルになってしまう。そこで、みなさんに少し思い出してほしいんですけれど、再発/進行がんでお薬が効いていることが分かれば、ずっとそれを使い続けるという話がありましたよね。だから、オプジーボですごく効果が出た場合、治療期間が2年、3年……と、どんどん延びます。そうなると、当然費用もすごく掛かります。日本では、高額療養費制度があるので患者さんの負担はそこまでではありません。でも、患者さんが負担しない部分は、僕らの税金や保険から出て行っているんですよね。世の中にとってそれは本当に良い事なのか? と。例えば、後期高齢者の方がオプジーボのような高額なお薬を使ってずっと治療を続けているけれど、その間に物凄い金額が使われていくとなると……引っ掛かるものがありませんか?」

佐塚さん「これは……保険料や税金を払っている側ならば、何かしら思うことはあります」

鈴木氏「それでも日本では今のところ保険で賄えているのでまだ良いのですが、そうは行かない国はたくさんあります。そういう国の場合、個人としても保険者としても、1000万円単位のお薬の費用を払える人は一握りしかいません。だけど良い薬なら使いたい……そこで、デ・エスカレーションの話が出てきて、インドでオプジーボの用量を思い切り少なくして服用してみたらどうなんだろう? という実験が試みられました。本来の1/20の量で投与をして、それをプラセボと比較したら、プラセボより圧倒的に良い効果が出ました……という結果になりまして。本来の用量の1/20でも効果が出ることが分かってしまったから、今後インドではその用量で使うようになっていくのではないのかなと思います。この話のように、本来の用量より少なくしたり、服用期間を短くしたり、それでも効果がありますというデ・エスカレーションの有用性が証明できたら、良いことだらけのような気がしますよね?」

加藤さん「はい……!」

デ・エスカレーションは製薬企業にメリットが無いという矛盾

鈴木氏「でも、デ・エスカレーションは、あまり流行らないんですよ(笑)。なぜだと思いますか?」

菰田さん「時間とお金がすごく掛かりそうだな、とは思いました」

鈴木氏「そうです。まず、治験をやるのにお金と時間が掛かるというのが前提としてありますよね」

加藤さん「決まった用量で効くという確実な事例があるのに、それを減らすのは心配というか……」

鈴木氏「それもあります」

菰田さん「利益が……というのもありそうな気がします」

鈴木氏「すごい! いい視点ですね(笑)。だって、これが広まって損をするのは製薬会社ですよね。極端に言えば、製薬会社にしてみたら本来使われる用量の1/20で良くなってしまったら、売り上げがこれまでの5%になってしまいます。通常、新薬を出した時の治験でお金を出しているのは製薬会社です。新薬が承認された後でも、その薬を使った色々な臨床試験で製薬会社がスポンサーをするケースはありますが、デ・エスカレーションに関しては、製薬会社がお金を出すインセンティブが全くないと思いません? 上手く行ってしまったら、自社の売上がどんどん減ってしまうので、そんなことにお金は出せないです。世の中の為になることだとしても、製薬企業も営利企業ですから。そういう意味で、なかなか流行らないのです。なので、デ・エスカレーションに関するエビデンスは、インドのような途上国から出てくることが今の所多いです。でも、日本のこれからの状況を考えると、診療報酬や薬剤費の効率化を検討せざるを得ないので、国という観点で見れば、デ・エスカレーションも今後は重要になっていく。国や保険者が、デ・エスカレーションを積極的に後押ししていく時代がやってくるのだろうと思います。なので、これからの日本を考えた時には、重要なコンセプトとして知っておいた方が良いかなと思います。僕のお話は以上ですが、質問や感想などあればどうぞ」

がんは他人事じゃない! 身近な問題から日本の健康問題を考えよう

佐塚さん「みんな頭の中がいっぱいだと思うので、感想でも良いでしょうか(笑)。じゃあ、菰田さんから」

菰田さん「面白い話でした! ありがとうございました。自分の中でまとめていた質問も、お話が進む中で解消していったので分かりやすくてありがたかったです。現在、医療費問題について調べていて、今後は予防医療にシフトして問題解決をしていけたらと思っていましたが、デ・エスカレーションについては知らなかったので、医療費問題について革新的な形でメスを入れられるのではないかなと思いました」

鈴木氏「結局、予防医療が目指しているのは最終的に掛かる医療費をある程度減らしていけないかということですよね。予防医療では、本当に医療費の節約に繋がるのかということを証明するのがとても大変です。なぜなら、10年、20年先に医療費が節約できるというのを狙っているので、それが本当にそうなるかを証明するには、10年、20年かかります。それよりは、デ・エスカレーションの方が、もっと早く効果が出せるかな、というのはあると思います」

加藤さん「最初に出たオプジーボの話が分からず、前提知識が全然ないことを痛感しました。改めて勉強しなければ、という気持ちになっています……! また、私も国の医療費について調べているのですが、医療費のために薬価の引き下げをするとか、ジェネリック医薬品の促進を国が進めていて、デ・エスカレーションもそうですが、製薬企業が嫌がりそうな事ばかりだなと。なので、国の政策と製薬企業のビジネスモデルが上手く折り合いを付けていくために、どんな変革を遂げていくのか、それを自分の業務に活かしていければなと思いました。本日はありがとうございました」

相馬さん「本日はありがとうございました。私も、初めて聞く単語というのが多くて知識をこれから色々つけていきたいと思いました。数年前に祖父が胃がんの手術をして、今も元気なのですが、先ほど『オンコタイプDX検査』という話が出ましたが、家族でがんの数値の話をしていたのと話が繋がって。自分の身近なところに置き換えて考えるとより理解しやすいのかなと思いました。医療費の問題、製薬企業の損益のバランスを取りながら社会課題を解決しつつ、お互いの利益になるものを自分やメンバーズから生み出せたら大きな一歩に繋がるのかなと思いました」

鈴木氏「ありがとうございます。みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、日本人は2人に1人ががんになると言われています。これをもう少し突き詰めて考えると、どんな人でも自分や自分に身近な家族でがんになる人が必ず出てくるということ。例えば、おじいさんやおばあさん、両親や兄弟を含めたら大体7~8人はいて、その中で誰もがんにならないのかと。要するに、1/2の確率を8乗する訳です。そうすると、殆どゼロ。だから、誰かしらはがんになるんです。遠い話のようで実は身近な話なんですよね」

佐塚さん「鈴木さん、本日もありがとうございました。最後は新卒の3人が、すごく真面目に締めくくってくれました(笑)。医療や製薬業界での新たな話題を絡めた勉強会だったので、3人も興味深く聞くことができたのではないかと思います。次回の勉強会も、ぜひよろしくお願いいたします!」

―― ありがとうございました! 医療費高騰の課題が、デ・エスカレーションで直ぐに解決できない事情も分かり、考えさせられる内容でした。製薬企業の利益に影響の出ないデ・エスカレーションがいつか広まることを期待したいですね。これからも勉強会レポートとして、医療や製薬の専門的な内容をピックアップしてお届けします。