メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会:前編【チーム医療~私の主治医はどこにいる?~】

コラム

公開日:2023.10.11

みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏の勉強会です。テーマは、一人の患者さんに対し、複数の専門医が協力して治療を行う「チーム医療」です。従来の治療体制から、なぜチーム医療へと変わって来たのか? がん治療の変化と、それによって発生している新たな課題について解説しています。ぜひ、ご覧ください。

今回の初参加メンバーは、中国出身の元・放射線技師!

佐塚さん「本日もよろしくお願いいたします。出席者は、2023年卒の菰田、加藤、相馬、瀧、マルダンです」

全員「よろしくお願いします!」

鈴木氏「あれ? 今日、初めての方もいらっしゃいますね?」

佐塚さん「そうですね。マルダンさん、鈴木さんへ自己紹介お願いします」

マルダンさん「2023年卒のマルダンと申します。中国ウイグル新疆の出身です。私は、医学部出身で放射線技師として働いていました」

鈴木氏「そうなんですか! 今日のテーマにぴったりですね!」

マルダンさん「日本に来た後も大学院で修士課程を修了して、メンバーズに就職したところです。よろしくお願いします」

チーム医療へと変化を遂げつつあるがん治療の体制

鈴木氏「よろしくお願いします。じゃあ、始めていきましょうか。今回は、『チーム医療~私の主治医はどこにいる?~』というテーマで話を進めて行きますが、そもそも、私の主治医はどこにいるってどういうこと? と思いますよね(笑)。まずは、この話をするにあたって、昔の治療……時期的には20年ぐらい前までの体制がどうだったかを知っておくのが大事かなと。僕はがん領域の仕事が多いので、がんの治療を例にとって話を進めて行こうと思います。ちなみに、みなさんのご家族のおじいさん、おばあさんなどで、最近がんの治療をされたという方がいるという方はいらっしゃいますか?」

相馬さん「祖父が5年ほど前に胃がんになって治療をして、今は元気になりました」

鈴木氏「そうなんですね。では、他の方も……菰田さんはどうですか?」

菰田さん「私は祖母が喉の辺りががんになって。その時、治療についての話は少し聞きました」

鈴木氏「ありがとうございます。相馬さんのお話は5年以内なので、比較的最近の事なのだと思いますが、それまで、1990年代~2000年代初めぐらいは、日本でのがん治療がどのような感じが多かったのか。当時のがんの手術は何科の先生がしていたと思いますか? じゃあ、今ニコッとされた加藤さん(笑)」

加藤さん「外科の先生ですか?」

鈴木氏「そう、外科の先生ですよね。外科はまさに手術をするための診療科、という風に考えてもらえば良いです。なので、胃がんだったら、消化器外科の先生が担当するということが多いかと思います。で、もちろん手術をするのは外科の先生なんですけど、その後の治療について、昔は誰がしてくれていたと思いますか? じゃあ、菰田さん。どうだったと思いますか?」

菰田さん「そうですね……外科の先生は手術だけのような気がするので、別の詳しいお医者さんに変わってもらうとか?」

昔の治療体制では起きなかった「主治医は誰?」問題

鈴木氏「菰田さんが言われたように、他のお医者さんにバトンタッチするのが今の医療の姿なんですけれど、昔は、手術を担当した先生がその後もずっと診ていくのが、“普通の”治療の姿でした。なので、患者さんからすると『私の主治医は誰?』というと、『がんを切ってくれたA先生』となるんですよね。手術も、その後の診療もしてくれるのだから、ある意味全部A先生にお任せできる!……というのが昔の治療の姿。もう少し具体的に言うと、切った後に運悪く再発や転移してしまうこともある訳じゃないですか。そうなると基本的に手術はできないので、抗がん剤治療になる。そして、抗がん剤治療も主治医の先生が担当します。その後にもっと進行してしまって、抗がん剤治療の手立てはなくなってしまった……。そんな状況になったら、今度は何が必要になると思いますか? じゃあ、マルダンさん。よく知っているとは思いますけれど(笑)」

マルダンさん「はい。命をできるだけ長くするようなケアですね」

鈴木氏「そうですね。そのために、辛い症状についてはコントロールしてあげる必要がある。これがよく言われる“緩和ケア”、英語で言うpalliative careですね。“緩和ケア”は、手術や抗がん剤治療の時にも並行して必要になるものなんですけれど、積極的な治療の手立てがなくなってしまった時には、緩和ケアだけになるイメージです。その段階でも基本的には、外科の主治医が担当していました。なので、治療が始まってから同じ外科の先生が亡くなるまで担当していく……というように、ある意味分かりやすい形だったんですね。ですので、昔は『私の主治医は誰?』というのはあまり無かったわけです。では、それがどう変わってきましたかという話で、先ほど菰田さんが、誰かにバトンタッチするのではないか? という話が出ましたが、今の日本のがん治療の中ではこの主治医がバトンタッチするケースが結構出てきています。例えば、先ほどのような、手術後に再発してしまって抗がん剤の治療がメインになっていきます、という時。この時に登場する抗がん剤の治療のスペシャリストの先生が日本には存在するのですが、この方たちは何科かご存知でしょうか? ……あっ。マルダンさんが挙手ボタンを押していますね。では、どうぞ」

マルダンさん「腫瘍内科の先生です」

鈴木氏「そうそう! 腫瘍内科の先生ですね。日本では、腫瘍内科の先生は抗がん剤治療のスペシャリストと考えられています。どんな癌種であっても、お薬の治療についてのスペシャリティを持っていて、 “がん薬物療法専門医”という資格を持っている先生たちですね。なので、この先生たちにバトンタッチをすることもあります。再発/進行した時もそうですが、術後に抗がん剤を一定期間投与して再発を防ぐ、術後療法という治療の時も腫瘍内科の先生が登場する時があります。他にがん治療ではどんなスペシャリストがいると思いますか? マルダンさんはアドバンテージがあるので、他の方(笑)。……では、何か言いたげな加藤さん。どうでしょう? 当てずっぽうで良いですよ」

加藤さん「何か言いたげな表情でスミマセン (笑)。そうですね……臓器移植をすることもありそうなので、移植の先生もあるのかなと思いました」

鈴木氏「なるほど。臓器移植は確かにスペシャルな治療なので、移植のスペシャリストはいます。ただ、残念ながら、がんの治療ではあまり臓器移植をすることはないので、がん治療でそのスペシャリストはいないですね。では、瀧さん。さきほどマルダンさんは何のご専門だって言っていましたか?」

瀧さん「放射線です」

チーム医療では、患者の「取り残された感」をどうカバーするかが課題!

鈴木氏「そうですね。放射線も、がんの治療の中では使われます。一般的には、手術・抗がん剤・放射線が、がんの3大治療と言われています。なので、放射線の専門医というのも、がん治療のスペシャリストとして関わってくることは充分あります。あと、他にはどんなスペシャリストがいると思います? 相馬さん、先ほど僕が話していた中で出てきていない人はいませんか?」

相馬さん「緩和ケアですか?」

鈴木氏「ビンゴ! 素晴らしい(笑)。緩和ケアを専門とする人達ということですね。こんな風に色々な人たちががんの治療に関わってくる。細かい事を言えば、まだ他にも居ますけれど。とはいえ、今出てきた方々は、治療のそれぞれの段階において出番の色濃さは変わってきますけれど、がん治療の中で欠かせないプレイヤーということになります。あとは、大きな病院の場合。例えば、がんセンターだったら、こういったスペシャリストはバッチリ揃っている。なので、そのスペシャリストたちにバトンタッチをして行くことが可能です。手術は外科のA先生がするけれど、術後の抗がん剤治療や再発/進行してしまった場合は腫瘍内科のB先生、緩和ケアが必要な段階になったら緩和治療のC先生。折々に放射線治療をやるので、その時の判断や治療は放射線科のD先生……となって行くわけですね。ただ、そうやって外科の先生から、腫瘍内科、緩和ケアの先生……とバトンタッチされ続けていくと、患者さんにとっては『私の主治医は誰?』という話になってしまうんです。昔のがん治療の場合は、手術してくれた外科医のA先生とだけ話していれば良かった。でも、今はA先生の手を離れて、腫瘍内科のB先生、緩和ケアのC先生……となると、患者さんが話をする相手も変わって行ってしまうこともありうるというのが、チーム医療の体制ですね。日本では、このような形でがんセンターのような大きい病院の中で役割分担が明確化されてきているんですけれど、海外だともっとはっきりしていて。例えば、アメリカでは主治医が変っていくのは当り前です。とはいえ、海外だって昔は日本と同じやり方をしていた時代もあったんですけどね。その一方で、患者さんには、担当医が変わっていくのは取り残された感があるというか、置いてけぼり感が残りがちになる……というのが、今の日本のがん治療がチーム医療になっていく事で発生している課題です」

―― 後半では、がん治療の緩和ケアに踏み込んだ内容や、病院のデータのデジタル化などについても触れていきますが、前半は一旦ここまでとなります。引き続き、チーム医療のメリット・デメリット、新メンバーが中国のがん治療についても語っていますので、後半も楽しみにお待ちください。