【第2回】メディカル・インサイト 鈴木英介氏が語る、行動経済学を活用した医療マーケティング

医療関係者インタビュー

公開日:2023.01.11
更新日:2024.07.29

みなさん、こんにちは。広報担当です。
今回は、新たに連載が開始した「行動経済学と医療マーケティング」の第2回をお届けします。
引き続き、今回の記事では行動経済学におけるいくつかの概念を中心に紹介していきますので、マーケティングに関わる方はイメージが湧きやすくなるような事例があるかもしれません。マーケティング戦略にお悩みの方はぜひ、ご覧ください。

行動経済学の概念2:【アンカリング/参照点】とは?

―― それでは、前回に引き続き、行動経済学におけるいくつかの概念についてお話を伺います。

1つ目は【損失回避】でしたが、今回は2つ目の【アンカリング/参照点】から説明をお願いします。

これは巷でもよくある話です。テレビショッピングのセールストークで、「いつもは3万円のところ、今日だけは1万円で!」というようなものですね。バーゲンセールも同じ理屈です。ではなぜ、こうして提示されるとお得と感じて買ってしまうのか。最初の「いつもは3万円…」という部分に思考が引っ張られるからです。こうしたイメージ付けのことを“アンカリング”と言い、「3万円」というのが“参照点”となります。アンカリングがあるから、お得感が出せる。逆に、何も言わずに「これは1万円です」と言われても基準となる参照点が無いので、お得感が無くなってしまうというわけです。

―― そう考えると分かりやすいですね。これは自分でも少し勉強したのですが、例えば待ち合わせ場所に「1時間半、遅れます」と言っておきながら、実際は1時間で着く…というのもアンカリングの効果があるとか。

そうです(笑)! こういう言い回しは、仕事でも使っていませんか?

―― はい(笑)。

上司に対してネガティブな話をしなければならない時に、先にもっとネガティブな話題を入れておいてダメージを軽減するとか(笑) 。

―― おっしゃる通りです…。新卒社員にも、それがアンカリングだと明示的には伝えてはいないですが、先ほどの待ち合わせ時間の例などを使って「そうやって行動した方が、イメージが良く見えたりするものなんだよ」というように教えたりはします(笑)。ちなみにこれは、医療マーケティングだとどういった場面で使うものでしょうか?

前回説明した、損失回避の例を膨らませましょうか。1つ目は「効果もあるけれど、副作用もそこそこ出ますという薬」がある。2つ目は、「効果はマイルドだけど副作用が殆ど出ない薬」があるとして、2つの選択肢しかないと、損失回避のために患者さんは2つ目の「副作用が殆ど出ない薬」を選んでしまう。そこへさらに3つ目、「効果はガツンと出るけれど、副作用も他の2つより激しい薬」を出す。松・竹・梅のように3つを並べれば、1つ目の「効果もあるけれど、副作用もそこそこ出ますという薬」を選んでもらえる可能性が出てきますよね。

―― 患者さんに与える情報がネガティブなものも含め、あらゆる情報をオープンにして、実在するものをベースに本来選んでもらいたいものを選べるように選択肢を設けておく、ということですね。

科学的な正解は絶対にその薬なんだけれども、患者さんはその選択を嫌がるだろうな…というものなら、ワクチン接種も同じことが言えます。ワクチンの副作用を心配している患者さんに「××のワクチンは既に接種済みですよね。副作用のリスクもあるって知っていましたか? それよりは軽い副作用です」のような。

―― そのような説明の流れであれば、今の自分に副作用が少なさそうな事が伝わるので、「だったら受けようかな…」という印象になります。この概念は医療の中で意思決定が患者さんに委ねられているからこそ、フィットするのでしょうね。

行動経済学の概念3:【現在バイアス】とは?

―― では、続いて3つ目の【現在バイアス】とはどのようなものでしょうか?

みなさんは、日々の業務の中で、「これは今日やらなければならないと思っていたけれど、やっぱり明日にしようか…」と思ってしまうような場面ってありませんか?

―― 「ないです!」と言いたいですけれど、正直、あります (笑)。会社から与えられている個人のミッション、月の数値目標など諸々やるべきことはありますが、まずは目先の目標をこなさなければ…というのはあります。

ダイエットをしている人が、「今日はもういいや、明日からやろう」と言って、目の前の美味しそうなビールを飲んでしまう、お菓子を食べてしまうというケースはよくありますよね。ダイエットで出るずっと先の利益より、目の前のお菓子の利益の方が大きく見えがち。これを“現在バイアス”と言います。医療の現場では、食事療法や体重管理などが治療上必要になるケースもよくありますが、実は、患者さんを説得して正しい行動をしてもらうのは結構難しいのです。こういう時には、現在バイアスがあることを理解した上で、目先に報酬を付けてあげることが大事になります。例えば、「1日あたり、摂取カロリーを○キロカロリーに抑えられたら××のポイントが付きます」のような形にすることで、ポイントを貯めることに意識を働かせてもらうとか。なるべく目の前に利得を提示してあげる工夫が必要です。

―― 目の前に人参をぶら下げて馬を早く走らせるみたいなイメージでしょうか。

そういうものがあると続けられますよね。1日頑張ったらちゃんと励ましてもらえるような仕組みでも良いと思います。

―― 小さな利益を積み重ねてもらいながら、未来にある本来の利益にまで到達してもらうアプローチにするということですね。

患者さんにとって続けられやすいインセンティブ設計をしてあげると良いですね。服薬という行動に“現在バイアス”が掛かりやすいなら、服薬コンプライアンスや服薬アドヒアランスの部分で何らかのインセンティブを付けると良いかもしれないですね。

行動経済学の概念4:【フリクション】とは?

―― では、4つ目の【フリクション】とはどのようなものでしょう?

これは、日本語で摩擦という意味なんですが、何か行動する時に面倒くさいとやらなくってしまう、途中で止めてしまうということです。メンバーズはWebサイト制作も手掛けている企業なので、UI/UXについてものすごく考えていますよね。少ないクリックでスムーズに情報に到達できるようにデザインするとか。それがフリクションを少なくしている、という事です。ユーザーが欲している結果の前にやらなければならないアクションがある、大きく目線を動かす、良く探さないと見つからない…そういった余計な手間暇、面倒な動き、それは全てフリクションです。そこを減らさないとユーザーは離脱してしまいます。

―― ということは、通院するという行動も、完治していなくても痛みがない状態であれば徐々に面倒になってしまうのと同じですね。

そうそう。通院自体がフリクションですよね。行くのに時間が掛かる、行ったら待ち時間も発生する。そういう意味では薬を飲むこと自体もフリクション。私は以前に抗アレルギー剤の目薬で1日4回点眼しなければならないものを使っていたのですが、1日に1回で良いものがあればそちらを選びます。最近の生物学的製剤で言えば、1回の注射で3か月効果があるものなどもフリクションを減らしていますね。3か月毎日薬を飲むか、1回の注射で3か月効果が持続するもの、どちらかを選ぶならば、私の場合は注射を選ぶでしょうね。

―― ありがとうございます。行動経済学の概念、【アンカリング/参照点】、【現在バイアス】、【フリクション】について理解することができました!

行動経済学のシリーズの2回目は、ここまでとなります。次回が最終回となりますが、行動経済学の概念の残り1つパターン、そして、マーケティングに関わる私たちがどのように行動経済学を取り入れていくべきかについて説明していきますので、楽しみにお待ちください。

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