メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会レポート:前編【ドラッグラグの再来と解決のための処方箋】

コラム

2023.03.23

みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏による勉強会レポートの前編です。テーマは「ドラッグラグの再来と解決のための処方箋」。日本で新しい医療用医薬品が販売されるまでの流れや承認における問題について、質疑応答を交えつつ語ってもらいました。ドラッグラグについてより深く知りたい方はぜひ、ご覧ください。

ドラッグラグを引き起こすのは治験や承認審査!

佐塚さん「今回で3回目となる勉強会のテーマは『ドラッグラグの再来と解決のための処方箋』です。鈴木さん、本日もよろしくお願いいたします。出席者は、新卒社員の2名、清水、土屋です」

鈴木氏「よろしくお願いします。まずは、ドラッグラグとは何ぞや? という所から始めましょうか。では、土屋さん、ドラッグラグってどんなものかご存知ですか?」

土屋さん「実は先に少し調べてしまったのですが(笑)。海外の薬が日本で承認が下りないため、日本で使用できるのが遅れる…という状況を指しているのかなと」

鈴木氏「全般的な定義はそれでバッチリです。あとは、前提として知っておかなければいけない点として、医療用医薬品に関わるお話なのですが、医療用医薬品が世の中に出てくるまでにどんなことが必要になるでしょう。清水さん、いかがですか?」

清水さん「まずは薬を作って治験をして、効果はあるのか、副作用は大丈夫なのかを調べて、そして、承認が下りるかどうか……のような流れでしょうか」

鈴木氏「そうです。医療用医薬品は、清水さんがいま言ってくれたような治験をしっかりやることが大事なので、世の中に出てくるまでに時間が掛かるんですね。そして、治験のフェーズは3つあります。動物実験はすでに終わっていますので、段階を踏みながら候補物質が人体で効果が出るのか、安全かどうかを調べていきます。フェーズ1というのは、普通の健康体の人に投与する段階。例えば、お薬を口から摂取した時、その成分がどれくらいの時間でどの程度血液中に移行していくのか、排出されるかを見ていきます。次に、フェーズ2で患者さんに初めて投与されます。ここで清水さんが言っていた、薬の効果、副作用の効果を見始めます。ただ、大人数ではなく10人単位のような感じです。安全性やどれ位の量を投与できるかを確認し、最終的にフェーズ3で大規模な治験をやります。ここでは、100人単位、場合によっては1000人単位で新たな候補物質の薬を入れる群、あとは、有効成分が入っていない偽物の薬、“プラセボ”を投与する群との比較をします*。ここでは、お薬を投与する医師も患者さんも、候補物質かプラセボであることは知らされない、いわゆる“ブラインド試験”というものを実施します。そのうえで、効果や副作用のデータを統計的に取って比較し、プラセボを投与した人より、本物の薬を投与した人たちの方で明らかに効果が出ているか等を見ていきます。ですので、このフェーズ3は時間もコストも一番掛かる段階になります。そして、治験で良い結果が出たらデータと一緒に国に承認申請をし、晴れて承認が下りたら世に出る薬になりますが、このプロセスが国によって異なります。国によっては、他の国で承認が下りていたら良いとする国もありますが、日本は結構厳しいです。日本で日本人を対象にして治験をしたものでないと、承認しないというのが前提。製薬会社側からすると、市場の大きいアメリカやヨーロッパで治験を進めるのは当然として、日本で薬を売るなら別途、治験を走らせなければ薬の承認は下りません。ですから、日本で薬を開発するとなると、お金も時間も掛かる状況になってしまいます」

佐塚さん「承認のプロセスが国ごとにバラバラなんですね。しかも、日本は厳しい……」

鈴木氏「そうなんです。しかも、世の中に出てくる薬は沢山あって、欧米の製薬会社の方が数も多いし規模も大きい。だから、海外で先に開発をされていく薬が大半という形になる。一緒に開発を進めれば海外の承認とほぼ同時に日本も承認……とはならない点が、ドラッグラグが起きる原因なのです」

*既存の治療薬の投与群と比較する場合もあります

莫大なコストが掛かる治験には製薬会社も慎重姿勢に

鈴木氏「もう一つ、今はこの問題はかなり改善されているんですが、ドラッグラグの問題が起き始めた2000年代は、承認審査をするPMDA(医薬品医療機器総合機構)のプロセスに時間が掛かっていました。薬の承認申請をしてから審査が下りるまでに、2~3年かかるケースがあったんです。そこがボトルネックになるのは良くないということになり、国が審査スピードや能力を改善したところ、今はせいぜい1年程度になっています。ここまでで何か質問はありますか?」

清水さん「ドラッグラグの根本原因は治験の開始時期ということですよね。では、その開始時期がずれる原因は何でしょうか?」

鈴木氏「おぉ! 鋭いですね(笑)。それは主に2つあると思っていて、1つは製薬会社がさまざまな国で一斉に治験を始めるとなると、失敗した時のリスクが大きくなるので、どこか1つが上手く行ってからにしようというような、そんな考えが働いているのでは? というのが僕の仮説です。公に理由は説明されていないですが、製薬会社の立場に立ったらそういう風に考えるのではないかなと」

鈴木氏「もう1つの理由は優先順位で、市場の大きなアメリカの方が治験は進めやすいし、リターンは大きい。だから、まずはそちらから……というように。グローバルな観点からすると、日本は結構、治験に時間はかかるし薬価制度なども面倒くさい国だから後回しに、となっても不思議ではないかなと」

ドラッグラグより深刻な、ドラッグロス問題とは

土屋さん「ドラッグラグの年数はどれ位なんでしょう?」

鈴木氏「これは薬によって色々ですが、平均すると4~5年位あった時もありますね。ただ、平均値が……というより、最近はそもそも薬が承認される以前の問題で、いわゆる“ドラッグロス”があります。海外では承認されてバンバン使用されているのに、日本では開発される様子がなく、このまま入ってこない薬があるというのが問題になってきています。その場合は、何年かの“ラグ”ではなく、“ロス”なので、無限大の年数になってしまいますよね。審査のスピードが遅い位の話であれば、1~2年の話で済むのですが」

土屋さん「遅れるだけならまだしも、“ロス”となると影響力は結構あるのかなと」

鈴木氏「そうですね。これは患者さんにとっては深刻で、がんの薬であれば命に直結する話で、その薬以外に治療薬がないというのも当然ある訳で、それであれば早く使わせて欲しいと思う方は多くなります。そもそも、ドラッグラグ、という言葉もがんの領域から出てきたものです。例えば、糖尿病や血圧の薬は代替手段となる薬もありますから、患者さんの切迫感はがんとは全然違うんですよね」

土屋さん「確かに深刻な病気でなければ、海外の薬を早く承認してほしい! とまでは思わないですね」

デジタル活用で変わる治験! 遠隔地での治験も実現可能?

佐塚さん「2つ質問させてください。製薬会社としてはドラッグラグがあっても、早く売り上げを上げて先行投資したコストを回収したいと思うんですよね。そこでデジタルができることについて、鈴木さんとしてはどう考えていらっしゃるのかなと」

鈴木氏「これはすでに進んでいる話もありますが、治験自体をマルチナショナルでやることが増えています。国や地域で別々に治験をすればコストが掛かるので、いわゆるグローバル治験をメガファーマなどでは実施しています。また、そのような治験ではフォーマットを揃えた方が効率は良いので、治験業者の中でデジタルを使ってフォーマットを整えてデータを収集する……というのは進んでいますね。あと、デジタルで出来るところとしては、治験で苦戦するのがリクルーティングで、被験者をどうやって集めるかというところです。治験に入っていただくには、コンディションや病状が適格な患者さんであることが必須で、尚且つ、治験に入ることの意義やリスクの説明をしたうえで同意していただくという厳格なプロセスがあります。なので、被験者を1名採用するまでにかなりのプロセスを踏み、時間も必要になるんです。さらに、治験を実施する施設が限定されていれば、遠隔地の方を被験者として組み入れるのが難しく、その施設周辺の患者さんしか組み入れられないという問題もありました。その点では、遠隔地の方でも治験ができるような分散型の治験が求められていて、業界でもそういう方向へ進もうとする動きがあります。分散型の治験出のリクルーティングやデータ集積については、デジタルが大いに活用されるところだと解釈しています」

佐塚さん「もう1つの質問ですが、日本で承認された薬が海外に行くときの逆のドラッグラグが発生するのかどうかが気になります」

鈴木氏「日本の製薬企業が開発した薬であればあり得ますね。でも、比率的にはすごく少ないと思います」

佐塚さん「そうなんですね。ありがとうございます。それでは、前半はここまでにしましょう。鈴木さん、参加者のお二人もありがとうございました」

―― ドラッグラグ、ドラッグロスが発生する要因について日本ならではの理由があったことが理解できたのではないでしょうか。後編も引き続き質疑応答を交えながら、これらの解決策などにも触れていきます。ぜひ、楽しみにお待ちください。