メディカル・インサイト 鈴木英介氏 勉強会レポート:前編【薬のデ・エスカレーションにおけるジレンマ】

インタビュー

2023.08.30

みなさん、こんにちは。広報担当です。今回は、私たちの顧問であり、株式会社メディカル・インサイトの代表取締役社長を務める鈴木氏による勉強会レポートの前編です。テーマは「薬のデ・エスカレーション(de-escalation)」です。前半では、このテーマに繋がる背景や、手術におけるデ・エスカレーションとは何かを説明していきます。医療・製薬業界で注目されている新しい話題が分かりやすく解説されていますので、ぜひ、ご覧ください。

「デ・エスカレーション」の背景にある、薬価高騰の問題

佐塚さん「では、本日もよろしくお願いいたします。出席者は、新卒の菰田、加藤、相馬です」

菰田さん、加藤さん、相馬さん「よろしくお願いします」

鈴木氏「よろしくお願いします。今回のテーマは、『デ・エスカレーション(de-escalation)』です。みなさん、エスカレーションの意味は何となく分かりますか? 菰田さん、いかがでしょう?」

菰田さん「エスカレーションなのでエスカレーターというか、上に昇るというか……そういう意味でしょうか」

鈴木氏「うん、そうですね。上がっていくイメージですよね。エスカレーションは上がって行く、激しくなっていくという意味ですが、デ・エスカレーションは頭に“de”が付いているから、下がっていくという意味になる。激しくなくなっていく、大人しくなっていくようなイメージです。そして、最近がんの治療の中でデ・エスカレーションという考え方が注目されてきています。実はこのお話は、これまでの勉強会の中でしてきた内容と関わってくるところでもあるので、先にこのお話をする3つの背景を説明していきますね。1つ目は、高いお薬が増えてきているという事(※過去記事【Financial Toxicity(経済毒性)の不都合な真実】参照 )。若いみなさんにはあまりイメージが湧かないかもしれないですね(笑)。で、どれくらい高いかというと……みなさんは、オプジーボというお薬の名前を聞いたことはありますか?」

菰田さん、加藤さん「……スミマセン、分からないです……」

鈴木氏「この業界のお仕事をしていくためにも、調べておきましょう(笑)。これは、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生の研究に基づいて開発した、免疫チェックポイント阻害剤というそれまでの治療法と全く違うがん治療薬です。ですが、このオプジーボを1年間投与すると、薬剤費で千数百万円ぐらいになってしまう。今は薬価が削られて、1千万円をちょっと割るぐらいにはなっているのかもしれないですけれど、それぐらい高いお薬です。2つ目は、がんの治療をする時にお薬を組み合わせるということ。1つのお薬だけじゃなく、4種類、5種類と複数のお薬を組み合わせます。専門用語でいうとレジメン(Regimen)と言います。では、なぜ、それほど多くのお薬を組み合わせて使うのだと思いますか?」

ガチンコ勝負だけじゃない! 薬の効果を証明する方法とは?

加藤さん「がんに効く領域が違うから、色々試しながら効くものを探しているのでしょうか」

鈴木氏「いい線を突いていますね! お薬というのは、こういうお薬はココに効く、これはココに効く、というように、ロジックというか、効かせる場所が違うんです。専門的な言葉では『作用機序』と言います。そうすると、1つのお薬だけでなく、違う作用機序のものを混ぜて使った方が、効果が出そうな気がしません? もちろん、副作用が重なってしまうというのもあるけれども、より効果が出やすくなるという方が重視されます。例えば、Aというお薬があったとして、まぁまぁ効きますと。で、そこへBという新しいお薬を出すという時にどうやってBというお薬が良いというのを証明するか? AとBとでガチンコの勝負をするというのが1つ。その他の方法でBが良いというのを証明するやり方はどのようなものがあると思いますか?」

相馬さん「えーっと……単純にBを使った時と使っていない時を比べる方法とか?」

鈴木氏「そうそう。素晴らしい! 今の話でいうと、既にAというお薬は良いという事が分かっているわけです。だから、Aという薬を使わずにBという薬を使う/使わない場合を比べるというのは、患者さんにとってはやりたくないですよね。Aという有効な薬があるのに、Aを使わないでBを使う、プラセボを使うのはやりたくない……と。プラセボ(偽薬)というのは、砂糖水のようなものと考えてください。で、どうするかというと、AにBをプラスするか、もしくはAに何も乗せないか、プラセボを乗せる。これを比べっこします。そうした時に、A+Bの方が、Aだけの時より良いという結果が出れば、Bは良い薬だから、A+Bで使えるという証明ができます。そのパターンの方が、さっきのAとBとでガチンコの勝負をするよりも上手く行きそうな気がしませんか? 既に効果がある薬だと分かっているものを使わずBだけで戦うよりも、砂糖水と比べる方が勝てそうな気がしません(笑)? 薬は世に出してナンボのものなので、なるべく確率の高い勝負の仕方、つまり開発デザインをするのが大事なんです。薬というのは大体そのパターンで、先ほどのA+Bと、Aだけの場合で比べて、A+Bが良いというのを証明するケースが多いです」

佐塚さん「面白い試験方法ですね。薬ならでは……という感じがします」

鈴木氏「A+Bの方がAより良いというのが分かったら、A+Bがチャンピオンになる訳ですよね。そこで、今度はCという新しいお薬の候補が出てきたらどうするか。その時に、Cの製薬企業さんは何を考えるかというと、A+Bに直接ケンカを売りに行くよりも、A+BにCをのっけて、A+Bの時と比べてどちらが良いかを調べよう……と。それをどんどん積み重ねていくと、世の中で良く使われる治療法は、A+B+C+D+……みたいなことになってしまうわけですよね。なので、特にがん治療のレジメンは、そうやってどんどん複雑化してしまう傾向があるんです。ということで、長くなりましたが今のが2つ目の背景。最後に3つ目の背景です。がんの治療の場合、再発または進行している場合は抗がん剤での治療がメインになるんですが、この場合、どれくらいの治療期間が必要になると思いますか? 当てずっぽうで良いですよ(笑)」

患者さんには辛い時間! 再発進行がんの治療は延々続く

加藤さん「どうやって判断するか難しいんですが、最初に一定期間お薬を使って、どれくらい症状が良くなったかというのを診断してから、トータルはこれくらいかな? というのを予想するとか……」

鈴木氏「その答えは良い線ですね! どうしてかというと、投与したお薬がどれくらい効いているか、というのは大事です。要するに、がんが大きくなってきたものが縮小したり、消えてしまえばすごく効いているということだし、そのままの大きさの状態でも、ある程度は効いていると判断できますよね。だから、効いている内は投与する意味はあります。逆にがんが大きくなり続けているなら、薬は効いていないと判断できる。なので、再発/進行がんの場合は原則、効果が無くなったという所までは投与し続けるから、期間が決まっている訳ではないんですよ。みなさんがちょっと病院に罹った時に貰うお薬は、大抵の場合、投与期間が1週間とか決まっているのとは違うイメージです。もちろん、副作用がどうしても辛い時などは止めるケースもありますけど。なので、再発/進行がんの治療はある意味エンドレスなんです。で、背景に話を戻すと、1つ目は『高いお薬が増えていること』、2つ目が『治療が複雑になっていること』、3つ目が『治療期間が長くなること』。こういった背景があって、テーマの『デ・エスカレーション』の話に繋がります。単語の意味としては、程度を落としていくような意味合いがある訳ですが、薬にするとどういう意味になると思いますか? 相馬さん、いかがでしょう?」

相馬さん「徐々に使う量を減らす……?」

鈴木氏「そうですね。ありがとうございます。徐々に減らすとか、より少ない用量で使うという話もあります。あと、長い期間じゃなくて、短い期間だけ使うとか。そうやって患者さんの負担をなるべく減らすというのが、お薬のデ・エスカレーションということです。ちなみに、手術にもデ・エスカレーションという考え方があります。菰田さんは、手術だったらどういうことだと思いますか?」

薬だけじゃない? 乳がん手術にもある「デ・エスカレーション」

菰田さん「手術、ですか? 例えば……麻酔するところを減らすとか」

鈴木氏「あぁ、全身麻酔じゃなくて部分麻酔にするということですね。それは僕も考えていなかったけれど、確かにそれはデ・エスカレーションです。それ以外の手術でのデ・エスカレーションで、例えば乳がんで考えてみましょう。実は、乳がんの歴史の中で結構大きなデ・エスカレーションがあったんですけれど、どういうことだと思いますか?」

佐塚さん「切除のことでしょうか?」

鈴木氏「そうです、そうです。では、切除がどういうものからどう変わってきたのでしょう?」

佐塚さん「この部分は切除しなくても完治するぞ、というのを経験則から踏襲していったのではないでしょうか。切除すればするほど、身体の負担が掛かるので、その対象の部分を減らしたり……」

鈴木氏「そうですね。昔は乳房を全部切除する全摘手術、それが普通のやり方だった時代があったのですが、その後、がんがある一部分だけを切除する温存手術というやり方が出てくるようになりました。温存だと何が良いかというと、みなさんも想像がつくかと思いますが、やはり形も綺麗に残しやすいし、QOLも上がります。もちろん、どんな乳がんでも温存できるかというと、そうではなく、がんの場所、大きさ、転移の状況があって、全摘じゃないとダメですよ、というケースもあります。とはいえ、温存というオプションが出来てから、乳がん手術の半分が全摘出、半分が温存、そんな感じだと思いますね。というわけで、これが手術のデ・エスカレーションの典型的な例です」

―― 前編はここまでとなります。後半は、いよいよ“薬の”デ・エスカレーションについての詳しい解説と、そこで起きる不都合な事情などを絡めて話を展開していきますので、ぜひ楽しみにお待ちください。